意識低い系医学生の日記

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エホバの証人が医学部で講義に来たよ!!医学生の反応は!?

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どもハウスです―!

先日エホバの証人の方々が講義に来てくださり、講演していただきました。エホバの証人についてはネットやテレビドラマでほんの少し知っているだけで全然知識はありませんでした。今回の講義でいろいろ学び、考えさせられました。思考の整理のためにも少し記事にして話します。

エホバの証人とは

まずエホバの証人とは何なのか?という疑問に答えます。

エホバの証人とは、アメリカで生まれたキリスト教の一派で、創設者チャールズ・テイズ・ラッセルにより1870年代にペンシルベニア州で創設された宗教です。

キリスト教の一派とされていますが、カトリック教会からはカトリックでも、プロテスタントでもないと言われています。その理由としては、エホバの証人の教えに次の様な教えがあるからだと言われています。

①イエスは神の子ではなく、大天使ミカエルと同一であると考えていること

②神とイエスと聖霊の3者はそれぞれ別な位格をもつが実体としては一体であるという三位一体説を否定していること

上記の考えを持つためにキリスト教の派閥からは否定されています。聖書はキリスト教の聖書を独自に解釈した世界新約聖書と呼ばれるものを聖典としており、また終末思想はもつものの内容はキリスト教のものとは異なります。

さて、このエホバの証人と医学会はどのような関連があるのでしょうか?

エホバの患者は輸血を受け付けないという問題

ただの宗教では医学部に講演に来るといっても大学側はそうやすやすと受け入れたりはしないでしょう。医学部では綿密にカリキュラムが組まれ、ぎっちりコマが埋まっているために空きコマが全然ありません。それでも様々な人が講演に来るのですが、宗教関連は一度も来たことがありません。しかしエホバの証人の方々は違いました。それは患者として彼らを迎える際にはとても大きな問題があるからです。彼らは輸血を受け入れることを宗教上の理由から拒否します。

彼らの聖書の中には神は血を汚れとしているために『血を避けろ』という教えがあります。そのために彼らは輸血を必要とする場面ですら輸血を拒否します。

もちろん信条で病態がよくなるなどと彼らが信じているわけではありません。彼らは神の言葉を尊重するがゆえに輸血を拒絶するのです。

エホバの証人輸血拒否事件

1990年代にエホバの証人が手術を受けた病院の医師と国を訴えた事件がありました。この事件を簡単に説明すると、肝腫瘍を患ったエホバの証人の患者に合意なしに輸血をして手術を行った医師側がその患者により訴えられた事件です。裁判では一審では、輸血をしないという契約は医師の救命義務に反しているものであり、公序良俗に反するという理由で患者の訴えを退けましたが、控訴審では医師側に対して賠償金が請求され,最高裁でも医師たちの上告が棄却されました。この裁判では医師たちが説明義務違反をしたために患者の自己決定が侵害されたとの判断を裁判所側は下したのです。

これを例にとれば、患者が死の危険にさらされても患者の信条が優先されるべきとなります。

輸血禁止は合理的か否か

輸血禁止の合理的側面について話します。

輸血は手術や事故で大量出血した場合、何らかの疾患で血液成分が不足した場合に輸血がなされます。そのような場合に輸血を拒んだ場合はほとんどの例で死に至ります。つまり輸血禁止とは自ら命を絶つ非合理的なもののように思えます。

しかし、ある程度医学を勉強していれば血が危険というのは知識としてあります。たとえば医療現場では血が付いたものは感染性廃棄物として厳密に処理されます。それは血液には様々な細菌・ウイルスが存在しており他人の血液から感染する恐れがあるからです。特に危険なのがHIVや肝炎ウイルスです。手術中に患者さんの血液がたまたま付着して、そこから肝炎を発症して亡くなった例があるというのを僕も聞いたことがあります。

また、それ以外にも免疫系による問題があります。他人の血液はいわば自分からすれば異物でしかありません。そのために免疫反応を引き起こすリスクがあります。

これらのことを考慮すると、もともとはおそらくは宗教上の理由から輸血を避けていたのでしょうが、偶然か否かわかりませんがある程度正しい部分もあります。

医学生の反応

結論から申し上げますと、あまりいい印象ではありませんでした。質疑応答の際も結構厳しい質問がありました。命を危険にさらしてまで輸血を拒むのですか?自己血輸血についてはどうであるとか

それはもともとに日本という国が宗教ごとに疎いために理解するのがむずかしいといった背景があるのだと思います。かくいう僕も信条のために命を投げ出すというのはどうかと思います。

さらに引っかかったのが、輸血を受けるエホバの方も中にはいるそうで、全体として統一されてない印象もよくはなかったのかもしれません。

しかし、現に患者の命を救おうとした医師が訴訟を起こされている話を聞いたので僕たちはまた考えなければなりません。そういう時代に生きているのだと。

難しい時代ですね、何が正しいかどうかそれが人によって変わってくるんですもの。